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2012年2月17日

神戸・大輪田泊と平氏

平氏の足跡に惹かれて神戸を再び散策した。前回に続き平清盛のお墓があるとされる兵庫区の能福寺に行ってみたが、NHK大河ドラマの影響だろう、大勢の観光客が押し寄せていた。能福寺にお参りのあと、写真(上)は大輪田泊の石椋である。平安の昔に大輪田泊(現在の神戸港)の防波堤建設に使われた石の一つらしい。千年以上の間、神戸港の波を守ってきた石である。写真(下)は国道二号線の七宮神社の近くにある平経俊の供養塔である。有名な平敦盛の兄で、この付近で源氏の兵士に討たれたとのことである。

大和田泊の石椋

平経俊の供養塔

2012年1月28日

能福寺(神戸市兵庫区)

神戸市兵庫区の能福寺に行ってきた。JR兵庫駅付近の国道二号線からすぐのところにある。平清盛ゆかりの寺で、今年の大河ドラマ清盛で急に人気が出そうな場所である。清盛のお墓があるらしく、今年は大賑わいになるだろう。

日本三大大仏の一つ。再建されたもの。 
平清盛の供養塔
この寺のどこかに清盛のお墓があるらしい。


2011年6月6日

甲南漬資料館

























灘にある甲南漬で知られるお漬け物の老舗の博物館に行ってきた。創始者の高嶋平介の旧邸宅が博物館になっていて、なかなか趣のある建築である。日本庭園も見事だ。博物館では甲南漬の歴史が色々展示されているだけでなく、名建築の中で、庭園を眺めながら、灘の酒や当社自慢のお漬け物を添えた定食も食べられる。趣のある洋館の中でおにぎり定食もなかなか美味しかった。(写真はすべてiPhone)

2011年2月4日

御輿屋跡地

西宮の漁師がひょんな事から網にかけた「えびす様」を奉るために西の森(西宮神社)に運ぼうとしていたときに、えびす様が眠ってしまわれたので、お尻をつねって起こして差し上げた場所がこの御輿屋跡地で、西宮本町に残っている。おもしろい言い伝えのある場所だ。

御輿屋跡地




2011年1月10日

西宮神社宵えびす

 西宮神社の平成23年の宵えびすである。思いのほか、大勢の参拝客でビックリした。東門(重要文化財)から入るのであるが、まさに満員電車状態、非常に危険な混雑だった。もうすこし入場整理などした方がよいのではなかったか。明石の花火大会の事故を思い出させるほどの混雑だった。結局本殿まで行けずに途中で退散した。何のための参拝かわからない。

重要文化財の東門

南門前の露天

2011年1月3日

門戸厄神


 本殿正面

 お正月の門戸厄神である。門戸厄神は本名は松泰山東光寺、真言宗の別格本山で、開祖は空海である。嵯峨天皇の命で829年に開基されたとのこと。
西宮では戎神社、広田神社とならんで有名で御利益のある神社(お寺でもある)で、とくに1月18,19日の厄除大祭のときには大賑わいになるらしい。お正月三が日の今日も大賑わいだった。
本殿から正門を望む

合格祈願
参道の屋台も美味しそう

2010年12月26日

甲子園歴史館

甲子園球場の外野席の下にできた記念館である。高校野球と阪神タイガースの甲子園での歴史を集めた記念館で、野球ファンには非常に楽しいところだ。高校野球のヒーローの記念品や、小山、村山、江夏、バース、掛布、岡田など、タイガースファンには涙の出そうな選手の記念のグッズがいっぱい。




2010年10月17日

傀儡師跡と宮水発祥の地

西宮神社近くには人形芝居をする傀儡師(くぐつし:人形使い)がたくさん住んでいたらしい。その住居跡の碑がある。この傀儡師が人形浄瑠璃のルーツとか。

西宮神社のそばにはもう一つ有名な宮水の井戸がいっぱいある。写真は酒造各社の宮水井戸のルーツとなる宮水発祥の井戸である。

2010年9月19日

勝尾寺



 

 


  
箕面山中にある勝尾寺である。寺の由緒は当寺のホームページに譲るが、西國霊場第二十三番札所である。25年ぶりに訪れた。昔は霊験あらたかな寺だったが、久しぶりに行ってみるとかなり変貌を遂げていた。ダルマは以前より勝尾寺のシンボルだったように記憶しているが、それがかなり前面に出ていた。いたる所にダルマがいっぱいだった。さらに、勝尾寺の「勝」に因んで、「試験に勝つ」、「自分に勝つ」など、「勝つ」に御利益があるようだ。御利益が25年の間に変化するのも興味深い。(Lumix LX-DMC LX3で撮影)

2010年9月5日

丹波布伝承館




丹波市の『丹波布伝承館』に行ってきた。古くから木綿を栽培し、紡いで糸にし、染めて織って独特の模様の布にする伝統技術だ。丹波布と呼ばれ無形文化財に認定されているらしい。なかなか味のある綿布だ。そこで、綿花の種をいただいた(写真下)。5月頃に植えると花が咲き、綿がとれるらしい。ぜひ栽培してみようと思う。

2010年8月30日

インスタントラーメン発明記念館


日清のインスタントラーメン発明記念館(池田市)に行ってきた。夏休み最後の日曜日だったので、夏休み課題をこなそうとする小学生がいっぱいだった。ここでは自分オリジナルのカップヌードルが作れる。戦後間もない頃、安藤百福さんが苦労して即席ラーメンを発明したのが日清食品の始まりだ。写真下はそのチキンラーメン(2世代目のバージョン)。今でも美味しくいただいている。その後はカップヌードルで第二のブレークがあり、現在の栄光を築いた。安藤百福さんは自宅裏の小さな研究室(写真上)で苦労の末にチキンラーメンを完成した。このラーメンは今でも実に美味しい。この地、池田市は筆者の生まれ故郷でもある。チキンラーメンは池田の誇りだ。

2010年8月29日

尼崎市田能遺跡


尼崎の田能遺跡に行ってきた。弥生時代の遺跡で、猪名川のほとりにある。園田競馬場の北に位置する。昔(弥生時代)はこの辺が海辺だったようだ。今の阪神電車が走る地域は弥生時代は海だったみたい。そう、大阪も森ノ宮のあたりは内海だったらしい。弥生時代は今に比べたら2℃ほど気温が高かったみたいだが、それにしても海岸線が非常に高かったようだな。田能遺跡、ひっそりとあるが、昔の人々の営みが感じられて興味深い。そばに尼崎市立の田能遺跡資料館もある。

2010年7月3日

敦盛塚

源平の合戦のとき、若干16才の平敦盛(あつもり)が源氏の武将の熊谷次郎直実に討たれたことを供養するためにつくられたと言われる立派な塚である。須磨浦公園の駐車場の西にひっそりとある。

そのそばには古くからある蕎麦屋さん(敦盛そば)が再開店している。味のほどはわからない。

2010年6月4日

綾織(あやはとり)、漢織(くれはとり)、染殿池

昔々、西宮の浜に綾織(あやはとり)、漢織(くれはとり)と称される渡来人が到着したらしい。二人の姫は西宮に滞在し、さっそく呉服の制作にあたった。布を織り、布を染めた。その染色のために使った池が今も残っている。その後、渡来人は神になりその池の隣に奉られている。付近には綾羽町、呉羽町、染殿町などの町名も残る。
同じような伝説が大阪府池田市にも残っている。池田にも綾羽町、呉服町の町名がある。同じ人物二人が西国街道を上って西宮から池田まで行ったのだろうか。

2010年5月30日

西宮神社


西宮市の原点、西宮神社である。その昔、漁の神様、戎さまを奉った神社がここにでき、その門前町として西宮の町ができたという。
本殿は再建だが、赤門と土塀はオリジナルで国宝に指定されているらしい。

今津灯台

江戸時代に西宮の酒を運ぶ船の安全をはかる目的でつくられた灯台で、今津港に今も残る。酒造「大関」がつくったものという。西宮のシンボルの一つである。

2010年5月24日

西宮砲台



西宮の香櫨園浜に残る幕末の遺物、西宮砲台である。
幕末の頃、諸外国の侵略から日本を守るためにつくられたらしいが、使われずに残った。

2010年5月23日

神戸海軍操練所跡



幕末の折、勝海舟の命で組織された神戸海軍操練所の跡に行ってきた。
神戸市京橋の海岸通、NTTドコモ神戸ビルの西側にある。
あの坂本龍馬が塾頭になった組織だ。
折しも坂本龍馬ブームの今年、観光客が絶えない。